中元 すず香 Suzuka Nakamoto

中元すず香 卒業写真集

中元すず香 卒業写真集

彼女は自ら「私は歌」という

中元すず香 自ら「私を例えるとすれば歌だと思う」と言う。若くして歌うことに人生をかけている彼女は、周囲の期待を受けながら歌手への道を着々と歩んでいる。

2008年 ASH発表会で鞘師里保と

2008年 ASH発表会で鞘師里保と

Perfumeを生み出したことで有名な芸能スクールであるアクターズスクール広島の15期生で、12期生の鞘師里保(モーニング娘。’15’センター )とは同学年ということもあり何度も共演していた。さくら学院の後輩である杉本 愛莉鈴はASH12期生で双方と共演経験もある。

(本人達に全く関係ない話。ネット上で鞘師里保と中元すず香を同時に論じると双方のファン同士が争ってしまい荒れることが多い。このためか両名のWikipediaには相手の名前は書かれていない。ウェブ百科事典というほど詳しいのなら何年も同じスクールで過ごした事実を書いても良さそうだが、心が狭い人々は色々と気を遣わなければならないみたいで大変だな。)

また、武藤 彩未と共に可憐Girl’sに在籍していた事は有名。大人顔負けの歌とダンスを披露する小学生ユニットの鮮烈な印象は後々まで語り種になっている。

エリート・アイドル

中元すず香は、よくある「たまたまユニットオーディションに合格しました」的なアイドルとは違うアイドルのエリートだ。

ミュージカルのポスター

出演したミュージカルのポスター

幼少時より多数のオーディションやコンテストに入賞、さくら学院入学前の小学生時代からプロ歌手として活躍。モデルオーディション・グランプリ(3歳)、可憐Girl’s(10歳)、ミュージカル出演(11歳)など、幼少期から実績を積み上げてきた。

さくら学院入学後も重音部BABYMETALのメインボーカルをつとめ世界進出を果たす等、どこで何をやっても結果を出してゆく実力は抜きん出ている。

コンテスト入賞者ばかり在籍するアミューズキッズからの選抜である「出来る子」の集まりが『さくら学院』。その中でも中元すず香は別格で、在籍中に発表された全ての曲へ一番に歌入れしていた。そして彼女の歌を基準に他のメンバーのパート割りを決めていたという逸話まである。

さくら学院の歌「目指せスーパーレディ」で、「歌とダンスではみ出しちゃって神降臨」と歌われた中元すず香。流石、先生(マネージャー)は特徴をよく見ているね。

声が凄い

声は高いソプラノなのに、まっすぐ伸びて強く響く力強さを併せ持つ。

さくら学院卒業後から、本格的にボイストレーニングと発声練習を始めた。卒業後の歌声を聞くと、段々と力強くなっているのが分かるだろう。声は若干低くなったように思える。映像では、在校時とは発声の仕方が変わったのを確認できる。

BABYMETALプロデューサーのKOBAMETAL氏(当初さくら学院職員室の先生でもあった小林氏)によれば、中元すず香は3種の声を持ち曲によって使い分けているという。

BABYMETAL

音を捉えて踊るダンスは日本人離れしている。歌唱力に注目が集まる彼女の真骨頂は、聞く者に訴えかける表現力にある。在籍中から重音部BABYMETALのメインボーカルとして注目されているが、そもそもBABYMETALは中元を中心に組み上げられたユニットだから当然だ。

BABYMETAL海外ツアーでは感動の余り彼女の歌声に涙する外国人もみられた。音楽は言葉の壁を越える事をメンバー皆が感じ、更なる自信に繋がっているようだ。


世にアイドルは数えきれぬほど居るが、ファンから『将来どんな歌を聞かせてくれるか楽しみ』と期待されるアイドルは中元くらいだろう。

筆者は当サイトとは別に中元すず香について研究するブログを運営している。興味のある方は是非ご覧下さい。

多分、ネット上で一番詳しい中元すず香ファンサイト!

中元すず香 Suzuka Nakamoto – idol ShinShin

4件のフィードバック

  1. tommy より:

    すぅはカリスマですね。。。怒られそうですが極端な言い方をすれば、才能が服を着て歩いている。
    舞台上と普段とのGAP、よく言われるポンコツ伝説、これでもかと言うぐらいの舞台上での存在感、ステルスと言われるほどの芸能人オーラを消した普段の姿(写真の中だけですが)。。。
    彩未、すぅ、まり菜の3人の会長を見ると背中でメンバーを引っ張って行けたのは、やはりすぅだけだったでしょう。ずば抜けた歌唱力とダンスの才能。。。
    決してそれだけでメンバーを引っ張って行ったわけでは無いでしょうが、他の11人がすぅを好きであこがれていた事は事実だと思います。
    1年次下のメンバーとの関係は勝手につぎのように考えています。勝手な想像と言い回しです、お許しを。
    らうはすぅに恋をしていた。
    ひなたは憧れていた。
    まり菜は気遣っていた。
    ねねどんはおとこどおし。
    さくら学院はいろいろな思惑で結成された、と思っています。ひとつはやはり、彩未とすぅに活動の場を与えること、もうひとつはミニパティでしょう、他にもあるとは思います。
    彩未の世代が3人ですぅの世代は1人というのは、立ち上げ時の苦労を考えて、複数人にしたのではないですかね。
    いずれにせよ、ASHの動画でもわかりますが、才能の塊であることは事実だと思います、それ以上の彼女の努力もあったと思います。

  2. JIJI-METAL より:

    主にKOBAのインタビュー記事とすず香写真集インタビューが②③の根拠ですが、すず香は2009年夏まで月一でアミューズに通っていたが以降音沙汰なし、年明けすぐにアミューズに呼び出され、2月デジロック出演(O-EASTでミニパティと共演、KOBAも見ていた)とさくら学院入りを打診された。
    KOBAヘドバン1インタビューではすず香主体に可憐のメンバーそのままで新グループも検討されたようだがレベルに差が有り過ぎて厳しかったようだ、私も可憐はまったく知らなかったが、おはスタ出演のMy Wingsの回に最後ダンス踊るが実力差はすごかった。
    ⑤はベビメタお披露目の2010年学院祭の出だし、MOAの間違え方は半端なく明らかに最初はやる気なかった。学院日誌でも当初よりベビメタを頻繁に書いていたYUIと違いMOAはほぼ出て来ない、YUIはSUへの憧れが強かったがMOAはバトン部優先だったと思う。

  3. JIJI-METAL より:

    中元すず香の経歴で追加、訂正があります。
    ①2007年4月6日アミューズ第2回スターキッズオーディションにて準グランプリ受賞によりアミューズキッズ部門所属となったが、アミューズ入社させるため準優勝は出来レースの可能性も高い
    ②可憐Girl’s入りについては島ゆいかは熊本、武藤も茨城出身と出身地が首都圏はいない、純粋にアミューズキッズ内のオーディションと思われる、またオーディションは①以降であり、最初からメンバーは中元主体で構想された可能性が高いと思われる
    ③2010年2月3日渋谷にてVEGEROCKへミニパティと出演、黒基調のメイド服を着てミニパティをバックにバレンタインキッスを歌った、もしかしたらBABYMETALのダンサーのオーディション的位置付けがあったかも
    ④さくら学院は最初から中元を育てるという位置付けが高かったかも、スタート時に学年1人、年長は3人なんて余りに不自然なバランス
     YUIMOAが途中から転入生扱いとなったのは転入生を制度化するため、以降は入学ではなく転入にしたかったBABYMETALは関係ない
    ⑤BABYMETALは中元以外誰にするか、小等部6人からKOBAが選ばされた可能性が高い、バトン部もかなり力を入れた活動させていてブレイクすればそのまま武藤卒業後に独立した可能性もあった、小等部は全員所属で最初からYUIMOAがBABYMETALならバトン部入ってないと思う

    • Shin Shin より:

      JIJI-METAL様 情報提供有難うございます。早速、内容を検討し記事に反映させていきたいと思います。①についてはご指摘の通りと思います。②以前、ラジオで武藤が歌を始めたのは可憐Girl’sからと話していました。島は情報が無いので想像するしかないです。そうすると、唯一・歌の能力を認められていた中元すず香を主体としたユニット構成という考えは妥当性が高いですね。③さくら学院以前にミニパティと共演したという話は本にあったんですが、イベントを特定できていませんでした。仰る様に、ミニパティも中元すず香との組み合わせを試行されたことと思います。④なるほど、菊地 最愛がタワレコのイベントで「最初の転入生」というくだりに力を込めて話していたのは「転入生制度創設の為と説得されたから」という事だったのかもしれません。⑤バトン部は明らかに武藤推しでしたね。確かに各部活は「人気が出れば独立も視野」に立ち上げていると思われます。以上、ご意見有難うございました。これからもよろしくお願いいたします。

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